「鼻血問題等」参考資料(「雁屋哲さん講演会」

 

1 「鼻血の事実」と「鼻血の原因」

 

① 雁屋哲さん原作の漫画『美味しんぼ』は、主人公の鼻血の場面をとらえて「風評被害」を煽ると批判にさらされました。

 

② 論点は「福島の人々に鼻血がでるという事実があったのかどうか」と「鼻血の原因が放射能によるものかどうか」の2点になります。「鼻血の事実論」と「鼻血の原因論」です。

 

 

 

2 「鼻血の事実」はあったか

 

① 「鼻血の事実」は、福島の多くの住民と、雁屋さんやスタッフ、漫画に登場する井戸川前双葉町町長が体験しています。

 

② 雁屋さんの『美味しんぼ「鼻血問題」に答える』の48頁では、岡大・熊本学園大・広大の合同チームの調査(201112月)として、放射能の影響のない滋賀県長浜市木本町と較べて、福島県双葉町と宮城県丸森町では「体がだるい、頭痛、めまい、目のかすみ、吐き気、疲れやすいなどの症状」が有意に多く、「鼻血に関して両地区とも高いオッズ比を示した」ことが明らかにされています。

 

③ 同3840頁には、当時野党であった自民党の5人の国会議員達が鼻血問題で民主党政府を追及したことが紹介されています。

 

・「(宮城県南部のある小学校の保健だよりより)内科的症状では、頭痛、腹痛、鼻出血の順に多く」

 

・「(井戸川町長の記事)私は脱毛しているし毎日鼻血がでている」

 

・「子供が鼻血を出した、これは被曝による影響じゃないか」

 

・「(国会での証言者)自分の娘をはじめとして、周囲に鼻血の症状を訴える子供が非常に多かった」

 

④ 同49頁では、伊達市保原小(福島市の北)の『健康便り』(2011年)の「鼻血を出す子が多かった」ことを伝えています。

 

⑤ 同4950頁では、フォトジャーナリストの広河隆一氏のチェルノブイリでは「避難民の5人に1人が鼻血がでると答えた」という調査結果を示しています。

 

⑥ 

 

以上、福島第1原発事故の際に多くの住民に「鼻血が出た」ことは自民党代議士を含めて認めており、争いのない事実です。

 

 

 

3 雁屋哲さんの結論

 

問題は「鼻血の原因論」です。福島の人々は震災と福島第1原発事故の重なりにより、生活環境や食事などが大きく変わり、強いストレスを受けていますから、鼻血が出やすくなる、という可能性はあります。しかしながら、例えば鼻血が放射能汚染のない他の被災地でも同じようにみられる、という証明はなされていません。

 

東京大学教養学部で量子力学を専攻していた雁屋哲さんは、その科学的な分析から、鼻血の原因について、次のように結論しています。(同226234頁)

 

① 放射性微粒子は、体内にある限り、放射線を出し続ける。

 

② ベータ線とアルファー線は遠くに飛ぶことはなく、すぐ近くの細胞にその持つエネルギーをすべて放出する。

 

③ 臓器全体から見れば低い線量でも、放射性微粒子の周囲の細胞は大きな被害を受ける。

 

④ 臓器は損傷を受け、DNAも損傷を受けてガン化する、

 

⑤ 細胞膜は低線量の長時間の慢性的な被ばくで破壊される(ぺトカウ効果)。

 

 これらの事実を否定する科学的な証明はありません。「鼻血など、放射線の被害はない」という主張こそ、「風評」というべきでしょう。

 

 

 

4 放射性微粒子のα線・β線の危険性

 

① 当時、福島では1号機などのベントと1~3号機の水素爆発などにより、ヨウ素131やセシウム134137などの気体は大気中の微粒子(エアロゾル)や水蒸気と結合し、ウランやストロンチウム・プルトニウムなどの金属は放射性微粒子(ホットパーティクル)となり、放射能雲(放射性プルーム)となりって風に乗って広がり、重力や雨・雪となって関東や中部地方の一部までの広範囲の地上に降り注ぎました。

 

 

図表1 福島第1原発事故で放出された放射性の気体と微粒子

 

形態

核種

気体

クリプトン、キセノン、ラドン、ヨウ素1nmナノメートル:1/1000マイクロメートル)

放射性微粒子

エアロゾル(水や硫黄・窒素化合物などの微粒子が多数浮かんだ気体)に放射性核物質が付着

ヨウ素、セシウムなど

爆発で粉々になって噴き上げられた放射性核物質などの粉塵

ウラン、ストロンチウム、プルトニウム、セシウムなど

地上から再び風で吹き上げられた粉塵や焼却による粉塵

 

 

② 1ベクレル(毎秒1崩壊)あたりでみると、ヨウ素131とセシウム134は1秒間にベータ線(β線=高速電子線)を1本放出し、セシウム134はガンマ線(γ線:高エネルギー電磁波)を2本以上放出します。さらに、ストロンチウム90はベータ線を2本を出し、ウラン235やプルトニウム239 はアルファ線(α線:ヘリウム原子核)をそれぞれ1本出します。

 

空気中ではα線は10cm、β線は1~2mしか飛ばず、それぞれ紙1枚、薄い金属板1枚で遮ることができますが、ぶつかった場所で全てのエネルギーを放出し、放射線の強さは距離の2乗に反比例します。特に細胞を傷つける危険性は高いのは細胞に付着したα線、β線を出す放射性物質です。

 

一方、外部被ばくでは、電磁波であるガンマ線は空中を数百m飛びますが、体を通り抜けますので、ダメージは少なくなります。

 

 

 

図表2 主な放射性元素と1ベクレル(1秒間に崩壊する原子の数)の出す放射線と影響等

 

 

 

 

1ベクレル

物理学的半減期

大人の生物学的半減※1

主な蓄積場所

主な健康被害

α線(ヘリウム)

β線(電子)

γ線(電磁波)

ヨウ素131

 

1本

1

8日

7.6

甲状腺

甲状腺がん

セシウム134

 

1本

2本以上

2

100

筋肉、生殖腺

がん、心筋障害、意欲低下

セシウム137

 

1

0.85

30

0日 ‘

ストロンチウム90

 

2

 

29

18

白血病

ウラン235

1本

 

 

7億年

15

腎臓

がん、白血病、先天性奇形・異常

プルトニウム239

1本

 

 

2.4万年

50

肺、骨、肝臓、生殖腺

がん、白血病

 

※1 体内に取り込まれた放射性物質が、排泄や代謝により体外に排出されることで半分に減るまでの期間。

 

※2 プルトニウム239の毒性はウラン235の3万倍(半減期が1/3万分のため)。1/100万グラムの摂取でほぼ確実に癌死するとも言われます。

 

 

 

④ また、半減期8日のヨウ素131、半減期2年のセシウム134など、半減期が短い元素ほど短期間でエネルギーを放出するため、危険性は高いのです。

 

 

 

4 鼻血の原因は粘膜被ばく

 

① チェルノブイリや福島で子供の鼻血や白内障、甲状腺がんが多いのは、体表の鼻粘膜や眼球、体内の甲状腺に放射性物質が直接付着し、集中的・継続的に「きりもみ状態」で細胞を傷つけるからです。

 

1ベクレルの放射性核物質は毎秒1~2個のα線やβ線を発射します。毎秒1~2個は1時間だと36007200個、1日だと9~18万個になり、密着した狭い範囲の細胞を集中的に傷つけ続けます。

 

 

図表4 危険な内部被ばく

 

 

外部被ばく

体表被ばく(粘膜など)

内部被ばく

放射線

主にガンマ(γ)線

アルファ(α)線、ベータ(β線)、ガンマ(γ)線

放射性核物質の取り入れ

主に屋外活動

主に屋外活動

呼吸、降雨

呼吸

飲食

透過・付着部位

全身

鼻孔・眼球

頭髪(降雨)

消化器官や血管から、脳、心臓、肝臓、腎臓、生殖器、骨、筋肉などに滞留

放射線障害

がんなど

鼻血、白内障、脱毛

奇形、がんなど

 

 
  テキスト ボックス: 危険度

図表5 放射性元素の体内蓄積〔黒部(高木)、落合を参考にした]

 

 

② 問題なのは、電磁波(γ線)を計る普通の放射線測定器ではガンマ線しか測れないので、ヨウ素131やセシウム134、ストロンチウム90のβ線や、ウランやプルトニウムなどのアルファ線の危険性が意識されにくいことです。空気中を放射線(電磁波)が飛び交うイメージばかりが強調されて、電子(β線)や体表面被ばく・内部被ばくの影響が軽視される傾向があるのです。

 

③ 福島の子どもたちがベータ線やアルファ線によって鼻の粘膜を傷つけられ、鼻血を出したという事実は、福島の子どもたちに153人(38万人中)もの「甲状腺腫瘍の悪性または悪性疑い」が生じているという被ばく被害の重大なサインであったのです。

 

 

 

5 「食の安全性」について

 

① 雁屋さんが30年間、漫画『美味しんぼ』で追求されてこられたのは、食の安全性の問題と日本の伝統的な食文化でした。

 

雁屋さんは「鼻血問題」で「風評被害をあおる」とバッシングを受けましたが、農業県・福島にとって大きな問題は食べものの放射能汚染の問題でした。「体表被ばく(粘膜被ばく)」の「鼻血問題」はそのまま、体内ひばくの問題、ベータ線・アルファ線被ばくの問題に繋がります。

 

② 食品の安全基準は原則として100ベクレル/㎏ですが、仮に100g食べたとするとセシウム134は、1秒間に10発のベータ線(電子)と20発のガンマ線(電磁波)を発射します。1分だとそれぞれ600発、1200発です。福島第1原発事故前の米等の食品汚染度の平均の「 約0.1ベクレル/kg 」と比べると1000倍も高い基準です。

 

 

③ 雁屋さんも『美味しんぼ』で触れていますが、現在の食品測定体制ではベータ線とアルファ線は図れず、25ベクレル/kg以上などの検出限界値での検査体制だと、実質的な基準は25ベクレル/㎏です。このような基準値最高値は福島県産の農産物を食べるのか食べないのか、私たちの現在の課題です。

 

④ 今中哲二元京大原子炉実験所助教は「私はもう還暦を回ったところですから、まあ50100ベクレルくらいだったら、福島で食べさせてもらう。子どもだったら、10ベクレル以下だったらもうしゃない、東電に恨み言を言いながら食べるか」としていますが、たまに食べるのとかなりの頻度で食べるのでは異なってきます、卵子に影響を受ける女性や胎児に影響がある妊娠中の女性、成長が著しい幼児・子どもなどはリスクを引く受けることなく、「原状回復」の民事裁判の原則に照らしても安全側を選ぶ権利があります。

 

⑤ 住民に十分な情報が与えられた上で、「0ベクレル」「大人8ベクレル子供4ベクレル(ドイツ放射線防御協会)」「還暦以上の大人50100ベクレル、子ども10ベクレル(今中哲二氏)」「100ベクレル以下(国)」(いずれも1㎏あたり)など、住民一人ひとりに「安全側を選ぶ」権利が保障されるべきです。

 

 

 

6 「避難・除染・帰還問題」について

 

① 「福島の未来は日本の未来だ」「福島の人たちよ、どうか声をあげて下さい。福島から逃げる勇気を持ってください」という雁屋さんの主張は、20ミリシーベルト/年以下の地域について帰還を進めようとする国・県の方針とは異なっており、雁屋さんバッシングの一番の背景と考えられます。

 

② 「逃げる勇気」(安全側の選択)と「国と東電の補償」(安全側選択権の補償)は、双葉町町民の避難を受け入れてきた埼玉県民にとって欠かせない重要なテーマです。「福島の復興は人間の復興」(美味しんぼ:海原雄山)ということを基本に、住み続ける県民と避難した県民が互いに尊重・尊敬されるよう、私たちは応援したいと考えます。そのためには、「安全側選択権」の保障が欠かせません。 

 

<『美味しんぼ』 海原雄山の発言>

「低線量の放射線は安全性が保証できない。国と東電は福島の人たちを安全な場所に移す義務がある。」「私は一人の人間として、福島の人たちに、国と東電の補償のもとで危ないところから逃げる勇気を持ってほしいと言いたいのだ。」

「特に子供たちの行く末を考えてほしい。福島の復興は、土地の復興ではなく、人間の復興だと思うからだ。」

 

 

 

③ 同じ200km圏に浜岡・柏崎・東海原発があり、その再稼動を迎える埼玉県民全体にとっても、この「逃げるという安全側を選ぶ権利」の保障は欠かせない重要なテーマです。それができなければ、再稼動を許すべきではありません。

 

④ 福島の食べ物や被ばくの安全性について、安全側を選ぶ人々を「風評に踊らされている」などと批判することは不当です。「100ベクレル/㎏基準」や「20ミリシーベルト/年基準」にはなんら科学的な証明はありません。県民の一人ひとりが「安全側を選ぶ」ことができるよう、偏らない情報提供と学習機会の場が必要と考えます。

 

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